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二人目の女の子にも雛人形が必要なんでしょうか?

「二人目の女の子にも
雛人形が必要なんでしょうか、、?」

住宅事情などで二つ飾る場所がない、、、
と言わはるお気持ち大変よくわかります。

雛人形の役割については以前にお話ししました。
(詳しくはこちらをご覧ください)

雛人形は厄を祓ってくれるお守り、
ということを考えれば
「お姉ちゃんとおんなじようにしてあげたい!」
「そやけどどこに飾るの、、、」
と思わはるお気持ちとの狭間で揺れ動く親心。。。

昔の写真を見れば、
お座敷に代々の女性のお雛さまが一堂に並んでて
それはそれは圧巻です。

客観的にアドバイスさせていただくとすると
「必要か必要でないか、、、」
というよりも

「出来ることなら二人目のお嬢ちゃんにも
おんなじようにしてあげて欲しい、、、」
というのが女将の本音です。

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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

 

親王飾りとは?

雛人形には、
親王飾り・・・男雛・女雛の計二人のお人形を飾る
三段飾り・・・男雛・女雛・三人官女の計五人のお人形を飾る
七段飾り・・・男雛・女雛・三人官女・五人囃子・随身・仕丁の計十五人のお人形を飾る

といったお飾りの仕方があります。
(他にも二段飾りや五段飾りなどもあります。)

飾りの違いによって、
お人形以外にもお道具(菱餅、三宝、雪洞(ぼんぼり)、
牛車、お籠(かご)、重箱、行器(ほがい)、貝桶など)
も一緒に飾ります。

今から30年くらい前までは七段飾りが主流でしたが
ここ最近は住宅事情や核家族化によって
親王飾りにされる方が大半です。

時代の変化ですね、、、

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ただ今工房では「京ひな人形工房直販会」を行っています。

雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

節句人形は誰が買うの?

12月の始まりは紅葉の映える美しい晴天です。

本日久々にお届けする、女将の直伝シリーズ其の十二・・・
「節句人形は誰が買うの?」

初節句を迎えられたお子さまの健やかな成長を見守る節句人形。

男の子には、兜や鎧、鎧を着たお人形などを、、、
女の子には、雛人形を贈る、
という風習は江戸時代中頃から続く節目を祝うおめでたい習わしです。

「誰が買うの?」
「お嫁さんの実家から待てど暮らせど贈ってこないんやけど、、、」
よくお尋ね頂く質問です。

実際には、、、
①赤ちゃんのお母さんのご実家から贈られる。
②ご実家のおじいちゃん・おばあちゃんと
赤ちゃんのご両親とが一緒に贈る。
③赤ちゃんのご両親が自分たちで贈る。
④嫁ぎ先のご両親から贈られる。
⑤両家からのお祝い金を合わせて贈る。

など絶対的な決まりごとはないですが、時代の変化と共に
贈り方もお家それぞれのお考えでされることが多いです。

一番大切なことは、慣例に従う!ということではなく
「無事この世に生まれてきてくれたことへの感謝と
健やかに育ってくれるよう心から願う気持ちを込めて節句人形を贈る」
ということです。

いつの時代も子を想う親の気持ちに変わりはないですものね、、、

毎年、一生懸命節句人形選びをされるお姿を拝見するたびしみじみ思う
ありがたい親心です。

かけがえのない思い出作りのお手伝いが出来ることは
本当に幸せなことです。

寒い冬でも心はいつもぽっかぽか♡
な、女将の直伝シリーズ、いかがでしたでしょうか?

次回もお楽しみに!!

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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

 

関東雛・京雛の違いと高御座・御帳台

「関東雛と京雛の違いは?」
とか
「雛人形の並べ方」
とか
「お内裏様とお雛さまは左右どちらに飾るの?」
とか
「男雛・女雛の並べ方」
とか
雛人形の並べ方についてよくご質問いただきます。

先日の「即位礼正殿の儀」での高御座・御帳台は
向かって左に天皇陛下、右に雅子さまでしたね、、、

高御座2

昭和天皇の即位礼から、
西洋に倣(なら)って現在の並び方になったということです。

それ以来、東京の雛人形屋さんが西洋式を取り入れ
向かって左に男雛、右に女雛を飾るようになりました。

しかしながら
京都は都が京都にあった時の倣い(ならい)のまま
向かって右に男雛、左に女雛を飾ります。

それは京都御所の紫宸殿が南向きに建っているので
向かって右が東になり、日が昇る方角ということで
位が高いと考えられていたからです。

令和即位礼の高御座(たかみくら)御帳台(みちょうだい)
の天皇陛下と雅子さまの並び方を見て、
「うちのお雛さまと反対や! なんでかな?」
と思わはった方も多いのではないでしょうか、、、

「関東雛は向かって左に男雛、右に女雛」
「京雛は向かって右に男雛、左に女雛」
を飾るようになったのは、昭和天皇の即位礼以降のことです。

関東と京都の雛人形にも文化の違いが表れてるって
おもしろいですね!

今回の即位礼で再認識できた出来事でした。

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ただ今工房では
「2020年度京ひな人形工房直販会」を行っています。

雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

現存する最古の公家住宅「冷泉家住宅」に行ってきました。

三連休最終日、京都は快晴の気持ちのいいお天気。

京都非公開文化財特別公開期間中の4日、
「冷泉家住宅」を参観してきました。

冷泉家

普段は同志社大学の一部のようにもみえますけど、
江戸時代初めに現在の場所にお屋敷を構えたということです。

明治時代になって
ほとんどのお公家さんは天皇と一緒に
東京に移らはったことで公家町はなくなり、
跡地は外周に石を積んで京都御所として
整備されたという歴史があります。

その中で冷泉家は京都に残らはったので
公家住宅として唯一現存し、
重要文化財に指定されています。

特に「冷泉家時雨亭文庫」は
和歌に関する多くの古文書を収蔵しており
冷泉家の信仰の対象になっているということです。

冷泉家が京都御所の北に位置することから
風水の四神相応、玄武(げんぶ)の留蓋瓦(とめぶたがわら)
が阿吽(あうん)を対にして表門の屋根の両隅についているのも
京都らしいな、、、と感心しました。

白虎

残念ながら屋内は撮影できませんでしたが
昭和天皇の即位礼の際、京都御所で行われた御大礼で
第二十二代ご当主が着用した束帯と礼冠(らいかん)
の展示も見応えがありました。

中国伝来の縁起のいい麒麟(きりん)が中央に見えます。
(「拝観の手引」より引用しています。)

礼冠

京都の秋は文化財や芸術を堪能できる
絶好の機会です。

もうすぐ紅葉も見頃を迎えますしね、、、

そうだ!京都行こう」の季節がやってきます。
ミモロの京都案内も見てね~ミモロ)

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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

 

雛人形の飾り方。

本日の
女将の直伝シリーズ其の十一・・・
「雛人形の飾り方」。

お雛さまのご予約をいただき、
お届けをお待ちいただいているお客様から毎年
「お雛さまをお迎えする用意をしたいのですが、、、」
と、お問い合わせをいただきます。

「雛人形の飾り方」についてのよくあるご質問です。

Q1.雛人形はどこに飾ればいいでしょうか?

A1.リビングや和室などご家族の皆さんが
毎日集まるお部屋に飾って楽しんでください。
飾っているあいだよく目にして頂けるところがいいですね、、、 

Q2.玄関に飾るのはよくないですか?

A2.いいえ、玄関はお客さまをお迎えする場所。
お雛さまを飾ってお迎えするのは素敵な
おもてなしの心です。

Q3.和室がないのですが、
リビングに飾る場合直接床に飾っても大丈夫ですか?

A3.平飾りか段飾りかにもよりますが、
もし平飾りの場合は直接床に飾るよりも、
3~40㎝くらいの高さの台をご用意いただくか、
チェストや飾り棚の上にお飾りください。

Q4.南向きに飾るのが縁起がいいのでしょうか?

A4.向きは気にされなくて大丈夫です。
ただ、直射日光が当たる場所は避けていただく方が無難です。

Q5.子供には触らせない方がいいですね。

A5.お子さまが3歳くらい、
分別がつく年齢になられましたら是非一緒にお飾りください。
大切なものを丁寧に扱うという所作が豊かな心を育みます。
この一年のお子さまの成長をしみじみ感じる
良い機会にもなることでしょう。 

Q6.お雛さまの男雛と女雛は
どちらが右でどちらを左に飾るのでしょうか?

A6.雛人形の並べ方についてはこちらをごらんください。 
 
Q7.リビングのインテリアに合った飾り方がしたいのですが、、、

A7.是非、お部屋のお写真をお持ちください。
お客様のライフスタイルに合った
飾り方のご提案をさせていただきます。
(そこ得意!)

 

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※「雛人形の飾り方」
についてのご質問をたくさんお聞かせ下さい。


皆さんからいただきました
質問は「雛人形の飾り方」でご紹介させていただきます。

「こんなこと聞いたら恥ずかしいけどいっぺん聞いてみたい」
とか
「家ではこんな飾り方の工夫してるよ、見て!」
とか
決まり事とかあるの?
こんなふうに飾りたいけどどうしたらいいの!」

といったお声をどんどんお寄せください。

日本全国の皆さんが参考にしたいに違いない、
と女将は確信しています!!

 

お問い合わせフォームかお電話にてどうぞ。
お待ちしています。

TEL:075-441-8333

 

 

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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

 

上賀茂神社の「重陽の節句」神事と烏相撲

中国の陰陽説では、奇数を陽の数、偶数を陰の数と考えています。

今日9月9日は「最も陽が重なる日」、
とってもおめでたい日とされています。


菊が不老長寿の薬とされていたこともあり、
菊の香りを移した菊酒を飲んで長命を願う風習がありました。

この風習と菊の花が日本に伝わり、平安時代には宮中の行事となりました。

江戸時代になると五節句の一つ「重陽の節句」に定められたということです。

女将は真夏のような暑さにもめげず行ってきました、
上賀茂神社の「重陽神事と烏相撲」。

「カーカーカー、コーコーコー」
上賀茂神社につたわる八咫烏(やたがらす)の神話にちなみ、
刀祢代(とねだい)が禰宜方(ねぎかた)と祝方(ほうりかた)に分かれ
烏を演じるという、なんとも見どころたっぷりな奉納でした。

重陽1


お待ちかね、菊酒の授与もありましたよ!!

菊酒


なんとも雅な斎王代と子どもたちの真剣な相撲の奉納も。。。

斎王代


それにしても今日は季節外れの酷暑の重陽でした。
熱中症ならなくてよかったよかった汗


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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

「宮廷文化に触れ、感じる装束の世界」~御大礼を彩る装束の歴史について~

この前、
「宮廷文化に触れ、感じる装束の世界」
~講演会と着装実演~
が京都産業会館で行われました。

女将は長女と一緒にお勉強に行ってきました。

~以下リーフレットより抜粋~
【京都は千年以上もの長きにわたり都として栄え、
雅な宮中文化が育まれ、東京の皇居以外に
唯一現役の御所があります。
本年は天皇陛下のご即位に係る御大礼が行われることから
御大礼を彩る装束についての講演会と
着装の実演を通じて宮廷文化に触れ
感じていただける行事を開催します。】

<感想> 期待以上!! 素晴らしい!! 奥が深い!!

あのう、、、
非常に失礼ながらですね、
退屈するん違うかな、、、
ガラガラなん違う?
とか言いながら
あんまり期待せずに行ったんですね、、、

そしたら、会場は空席もなく満員。
講師の先生のお話が面白くてお話上手で
退屈するどころか聞き逃すまいと必死。

会場に入った途端、黄櫨染御袍
(こうろぜんごほう)が目に飛び込んできて
「わぁ~黄櫨染やぁ~!!」
と、長女とわたしは思わず目と目を見合わせました(きらきら✨)

黄櫨染御袍は来月10月の即位の礼で天皇が着用される
お衣裳です。

その時点でモチベーションMAX。

王朝文化講座2

黄櫨染御袍って実は、、、
明治天皇の時から即位礼に着用されるようになった
らしいです。

王朝文化講座4

平安時代から江戸時代までは
「袞冕十二章(こんべんじゅうにしょう)」
という天皇の礼服が即位の時に着用されていたそうです。
(上記写真)

明治時代になり服制が日本風に改められて
「黄櫨染御袍」を着用するようになった、
ということです。

知らんかったわぁ~~✨

完全に唐風ですよね、、、
近くで見ると見事な刺繍が施されていて感動でした。

こんなに近くで見られるなんて、夢みたい。。。
なんてラッキーなんでしょう!

王朝文化講座1

その後十二単と束帯【闕腋袍(けってきほう】
の着装実演がありました。

束帯闕腋袍(けってきほう)って雛人形で言うたら
隋臣(この場合は右近衛府)に近いかな、、、

会場に来られたこれだけたくさんの方が、
宮廷文化と装束に興味を持ってくれたはるんやなぁ、
と思うと
感慨深くて
それだけでもう胸がいっぱいになりました!!

途中退場する方もなく、
係りの方がおっしゃるには
「入場ハガキを忘れた人が一人もいない」
「途中居眠りする方も一人もいなかった」
とびっくりされていました笑

細部までお写真を撮らせてもらい、いっぱい賢うなって
大満足の2時間でした。

 

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雛人形 5月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

 

ひな祭りの移り変わり

なんか最近やる気満々の女将の直伝シリーズ。

書きたいことが泉のように湧いてくる!
わたしのライター(writer)魂に灯が付いた、
というべきか、、、
(どっちでもええわ!言うてるの誰ですかー笑)

それはさておき、

女将の直伝シリーズ・・・其の十「雛祭りの移り変わり」

「ひな祭り」って、
節分に巻きずし食べたり、
バレンタインデーにチョコレートもらったり、
クリスマスにケーキ食べるみたいなもん違うの??

という素朴な疑問。

確かに伝統的な季節の行事には、食べ物や飲み物は
欠かせません。
(雛祭りの祝い方については、後述いたします。)

ここで、ひな祭りの移り変わりについてのお話。

ヒトガタに穢れを移して川に流す行事と
平安時代の「ひいな遊び」が結びついたのが
ひな祭りの始まりといわれています。
(女将の直伝シリーズ其のⅡ・・・雛祭りの歴史はこちら

宮中の記録に雛祭りが現れるのは江戸時代初期、寛永頃からです。
民間の記録はそれよりもやや遅れ、元禄頃から文献に登場しています。

泰平の江戸時代には庶民の暮らしの中に急速に広まり、
元禄を過ぎた頃からは多くの書物や浮世絵などに
雛祭を楽しむ女性たちの姿が頻繁に登場します。

ただし、これに赤ちゃんの初節句の縁起が加わったのは
江戸時代後期からのことです。

こうしてひな祭りは娘たち、女性たちの楽しい行事、
季節のお祭りになったということです。

女将、頭使い過ぎてしもた、、、
わかったぁ~ねぇ、みんな!

漢字が多いし読んでて寝てしもた、とか許しませんよ!

「女の子が産まれたら健やかな成長を願って雛人形を贈る」
という風習が出来たのは江戸時代後期からということが
わかりましたね。。。

わかりましたね。。。(しつこい)

良かった!

わかった、ということにして、
以上「ひな祭りの移り変わり」でした。

女将っておもしろい!(自分で言わへんの。。)

 

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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形

 

雛人形を飾る時期

一昨日昨日と、寝る時エアコン入れへんかったぁ~っと!

そしての爆睡。
いやぁ、若いっていいですね!
(還暦ですけど、、、それが何かぁ?笑)

それはさておき、、、
大変永らくお待たせしました。
久々の登場でございます。

女将の直伝シリーズ其の九・・・「雛人形を飾る時期」

これ素朴な疑問ですよね、、、

わたくしどもでは(急に改まってる)お嬢ちゃんが初節句
(上巳の節句)を迎えはる場合、
立春(2月4日)以降のお日柄の良い日を選んで
飾っていただくようにお話しています。

初節句以降の年からは、お正月の松が明けたら飾ってもろて
旧暦のお節句まで永く飾って愉しんでくれはってもいいです。

京都では旧暦の桃の節句(4月3日)に
ひな祭りのお祝いをしはるお家もぎょうさんあります。
元々は4月になると桃の花が咲くので
「桃の節句」といわれるようになった
という説もあります。

ここだけの話、二十四節気の雨水(2月19日)に飾るのが
最も縁起が良いといわれていることも内緒でお伝えしておきます。
(何で内緒なん・・うふっ笑)

知って為になると噂の女将の直伝シリーズ・・・
内緒の話も織り交ぜながら(笑)本日もお届けいたしました。

次回の予告・・・未定。

お楽しみに!!

 

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雛人形 五月人形は 京都 西陣 たくみ人形